人は、鬱と言われて鬱になる。

大したことねえな、自分。

確定ではないながらも、状況証拠から「まず間違いなく鬱ですね」と言われている私。

鬱の診断を受けた途端に心の調子が悪くなるというのは合理的でない、と以前に書いた。

これ、半分は論理的な思考の結果だが、半分は強がりというか、自分を鼓舞するための宣言だった。

で、どうなったか。

すごく調子悪いです。

それでも6月はまだ頑張っていた。

朝は炊飯器のタイマーで目覚める。

ご飯が炊けたとなると、これを早急にほぐす作業が必要になる。
ご丁寧に、我が家の炊飯器は、炊飯完了後5分間蓋を開けずに放置していると「早くしろよ」とアラームで急かしてくる。

このアラームを聞いたら負けだ、という妙な意地が勝って起きる。

飯を炊くのは子供の弁当を作るためだが、これが辛い。

着手したくないもんだから、洗濯物を畳んだり、台所のゴミを片付けたりという、どちらかというと急がない仕事を先にやる。

やることが尽きたところで、仕方なく弁当を作り始める。

といっても、メニューは2種類か3種類で固定化されており、かつ、おかずもわずか2種類まで減っている。
10分程度で調理が終わることも多い。

そして何とか弁当箱に詰め、片付けをして出社する。

それが7月に入ってからはどうか。

炊飯器で起きるところまでは何とかなっていた。

しかしその後、他の家事に着手するのが辛く、また寝てしまったり、忙しいのに座り込んでニュースを読んだりして時間を過ごす。

最後には仕方なく弁当を作るのだが、出発は大幅に遅れ、学校には遅刻寸前で何とか到着というありさまである。

そして7月も半ばに入り、実質的に夏休みとなった。

つまり弁当が不要となった。

これで起きる理由がなくなり、私の朝はさらに緩慢になった。

とにかく起き上がれない。

睡眠不足というわけではない。昨日など息子より早く寝ている。

それなのに、起きようという気が全く起こらない。

妻も、早朝に起きてブログを書くというのが日課だったが、最近は鬱っぽさが勝って一緒に寝ている。

起きてからもしばらくは頭が働かないし、身体が動かない。

夏休みを迎え、妻は体力的にも精神的にも厳しい季節である。

本来、私がいたわらなければいけないのに、逆に私のために気を遣わせている。

苦しい生活は、今に始まったことではない。

昔に比べれば、今はまだ楽なほうだ、ともいえる。

しかし、ここにきて心の調子を崩した。

これは、「鬱です」という診断を受けたことと無関係ではないように思える。

自分自身、診断を聞いて「そうか鬱なんだー、じゃあ動けなくて当然だな」と思った。

妻も同様に、私のことを鬱患者として扱ってくれている。

「自分がやらなければ」という張りつめた気持ちに、「できなくてよい」という甘えが生じてしまった。

大したことねえな、自分。

しばらく前は、飲酒できなくなるから投薬は断ろうと思っていた。

しかし今は、それどころではないという気分だ。

このままでは、いずれ出社できなくなるのではないか。

家族のために、それだけは避けたい。

薬で救われるなら、救ってほしい。

できれば、禁酒は短期間でね!