本日、鬱と診断されました。

♪精~神科 行った~ら 鬱だ~った
(ゴダイゴの「Monkey Magic」のメロディーで)

ということである。ワタクシ。

自分自身、精神病のリスクが人より高いであろうことは以前から自覚していた。

なぜか。
親しい友人が、ことごとく精神を病んでいたからである。

「類は友を呼ぶ」と考えれば、私も何かしら因子を持ち合わせている。
そう考えるのが自然だ。

――と、ここまで書いて今さら思い出したが、妻も精神病だった。Oh-.

さて、既報のとおり息子は8歳の春にADHD(不注意型)との診断を受けた。

この診断を受けて、妻は私に言った。

「お父さんもADHDなんじゃないの?」

言われてみると、思い当たるふしがないわけではない。
子供のころから整理整頓は苦手だ。そして今も苦手だ。

息子の治療のために、今すぐ精神科に確かめにいってこいと、こういう話になった。

啓蒙が進んだというべきか、最近は大人も子供も「実は発達障害なのでは?」と疑い、診断を求めるケースが多くなっていると聞く。

だから受診は簡単かと思ったが、意外に手間取った。

馴染みの総合病院にまず電話したが、発達障害は扱っていないそうで、没。

そこで紹介された、発達障害を専門とする病院は、新患が数ヶ月待ち。こちらも没。

さりとて、駅前に林立するようなクリニックは気が引ける。
当たり外れがありそうだし、たいてい医師は一人だから、その先生の見解が絶対で、複眼的な診断がなされない懸念がある。

結局、自宅近くにある精神病院へ行くことにした。
一応は内科もあるのだが、周辺住民の認識としては精神病院である。

初診は要予約というので電話したら、ケースワーカーの人が丁寧に聞き取りをしてくれた。
土曜にしか受診できないので、混んでいるところ無理を言って予約を入れてもらった。

さすが精神病院、予約一つとってもイライラしない。

そして迎えた初診日。自宅から自転車でものの数分走れば到着だ。
土曜日の午後とあって、院内は落ち着いていた。

予定通りの時刻に声がかかり、自分より10歳ぐらい年上かと思われる男性医師に話を聞いてもらうことになった。

受診の目的が「自分がADHDかどうかの診断」であることは告げたが、この際なのでいろいろ話した。

息子が生まれ、妻が鬱状態で寝込んでから、大体一人で育児と家事をこなしてきたこと。
それと連動するように、仕事に集中できない、やる気が起きない日が多くなったこと。
元々、他人と話すのが苦手なこと。

質問されるがままに、ここ10年ほどの体験を吐き出した。

一通り聞き取った医師は意外なことを言った。

「ADHDかどうかは分かりませんが、鬱であることは間違いないですね」

意外な返答に一時は戸惑ったが、ほどなくそれは納得に変わった。
なるほど、これで説明がつくのか、と。

ADHDかどうかの診断には数回の検査が必要だという。
面倒だが、はっきりさせておいた方がよいと思い、お願いした。

鬱に関しては、いきなり投薬とはならず、カウンセリングなどトータルで症状を緩和していきましょうということになった。

診断を受けたからどうだ、ということはない。
相変わらずやる気はないが、毎日出社はしている。

それに、診断の有無で気分を変えるのは合理的でないと思っている。
合理的でないことは嫌いだ。

「鬱だから仕方ない」のではなく、「自分だから仕方ない」と考えたい。

その上で、「鬱だから、こういう手法が使える」という知見や提案を生かして、多少なりとも日々の生活が改善すればいいと思っている。